移籍市場には常にドラマがあります。この夏の移籍市場最終日には、チェルシーがダニー・ドリンクウォーターを獲得しました。
確かに、ドリンクウォーターはプレミアリーグで活躍していますが、チェルシーファンの基準は高く、彼がファンたちの期待に応えられるのかが見ものです。
ここで、近年見受けられた電撃移籍をご紹介しましょう。
アントニー・マルシャル、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍
マンチェスター・ユナイテッドは、2015年に3600万ユーロでマルシャルを獲得しました。しかし、当時マルシャルは比較的無名の選手。若干19歳であったマルシャルの移籍は、選手にも衝撃的な出来事でした。ウェイン・ルーニーも、モルガン・シュネデルランに「マルシャルって誰なの?」と尋ねたぐらいです。しかしマルシャルは華麗なデビュー戦を飾ります。リバプールに対し、見事にゴールを決めたのです。彼のプレイはティエリ・アンリを彷彿とさせました。
ロビー・ファウラー、古巣リバプールと再契約
ファウラーは、1993年から2001年までリバプールでプレイし、330試合で154ゴールを決めましたが、ジェラール・ウリエ監督によって、リーズユナイテッドへと放出されてしまいます。しかし2006年、リバプールは得点力を必要としており、ラファエル・ベニテス監督は、ファウラーと再契約を結ぶことを決断しました。これにはファウラーだけでなく、リバプールのファンも大喜び。彼は再契約後も力を発揮し、39試合で12得点をあげました。彼の功績もあり、リバプールは、2007年のチャンピオンズリーグで決勝まで勝ち進むことができたのです。
ソル・キャンベル、ライバルチームへ移籍
トッテナムからアーセナルに移籍したキャンベル。このライバルチームへの移籍は、プレミアリーグの歴史でも忘れられない一件です。フリー移籍するのなら海外チームに行くのだろうと、トッテナムサポーターは思っていました。確かにキャンベルは、インテル・ミラノからもオファーを受けていましたが、インテルの施設や環境が気に入らず、プレミアリーグに留まることを決意しました。トッテナムファンは彼の移籍に激怒。後にキャンベルは、「ACミランからオファーがあったなら承諾していたと思う」と述べています。
ロビーニョ、マンチェスター・シティの新体制に参入
2008年の移籍期間最終日、マンチェスターシ・ティのオーナーであるシェイク・マンスールは、大きな決断をします。ロビーニョは、ブラジル人サポーターの間で、マンチェスター・ユナイテッドに移籍するだろうと言われていましたが、最後に彼を獲得したのはマンチェスター・シティ。同チームは、新オーナー就任後初めてトップ選手を獲得しました。マンチェスター・シティは最初、ブルガリア出身のストライカーであるディミタール・ベルバトフの獲得を目指していましたが、ベルバトフはマンチェスター・ユナイテッドと契約。この契約に失敗したマンチェスター・シティは、ロビーニョにアプローチしたのです。
リバプール、アレクサンダー・マンニンガーと契約
マンニンガーは、アーセナルに所属していた1998年に、プレミアリーグおよびFAカップでのダブル優勝に貢献しました。そうは言ってもこれは過去の出来事。2016年に彼がリバプールと契約を交わした際、サポーターは、まだ彼が現役プレイヤーであった事実に驚きを隠せませんでした。彼がアンフィールドでプレイしたのは、たった1シーズン。そして今年の5月に引退を発表しました。
ニクラス・ベントナー、ユヴェントスと契約
自信満々な態度が印象的なベントナー。彼は、世界一のサッカー選手は彼自身であると信じています。しかし世の中は厳しいもの。2011年にアーセナルからサンダーランドにレンタル移籍した後、ユヴェントスと契約を結びますが、これも完全移籍ではなくレンタル移籍。ユヴェントスでは10試合に出場しますが、無得点と結果を残すことはできませんでした。
アーセナル、ぎりぎりでミケル・アルテタを獲得
2011年、アーセナルはミッドフィルダーを補強する必要がありました。そして、移籍期間終了間際にアルテタと契約を結びます。当時アルテタが所属していたエヴァートンは、最初アーセナルの申し入れを断っていましたが、アルテタがトランスファーリクエストを提出したことで移籍契約が成立しました。
スティーヴン・コーカー、リバプールにレンタル移籍
コーカー自身も、この移籍には驚きました。ディフェンダーとしてキャリアを積んでいたコーカーは、クイーンズパークレンジャーズからサウサンプトンにレンタル移籍したのですが、出番が少なく、今度はリバプールにレンタル移籍。コーカーは、リバプールのディフェンスを補強するために入りましたが、試合出場数はたった4回でした。というのも、ピッチ外での問題を解決するためにリハビリ施設に入所したからです。
ダヴィド・ルイス、2016年にチェルシーに復帰
アントニオ・コンテ監督は、チェルシー就任後の夏、ディフェンダーを探していました。同氏は、ユヴェントスやイタリア代表での監督経験があるので、レオナルド・ボヌッチやジョルジョ・キエッリーニなど、彼自身がよく知る選手を採用するだろうと思われていたのですが、最終的にパリ・サンジェルマンから、ダヴィド・ルイスを引き抜きました。ダヴィド・ルイスは、以前にチェルシーでプレイしていたのですが、ジョゼ・モウリーニョ監督が復帰したシーズンに、ディフェンダーとしては過去最高の金額で移籍していました。パリ・サンジェルマンで成長したルイスはチェルシーに復帰後、コンテ監督体制のチームで大活躍し、チームは見事に優勝することができました。
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